秋田地方裁判所 昭和38年(レ)17号 判決
○当事者
控訴人
藤島美和治
右訴訟代理人弁護士
中村嘉七
同
古沢斐
同
古沢彦造
被控訴人
宮野栄正
右訴訟代理人弁護士
相馬準一
○主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
○事 実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は控訴代理人において別紙昭和三八年九月二五日附準備書面(省略)記載のとおり述べ、「本件土地は、買収当時宅地であつて農地でなかつた。従つて右買収処分には明白且つ重大な瑕疵があるから無効であることを主張する。」と釈明し、立証として、(省略)と述べ、被控訴代理人において、別紙昭和三八年一一月二〇日附準備書面(省略)(但し同準備書面第一の一中「控訴人の解釈は被控訴人の解釈と一致する。」旨の記載を除く)、記載のとおり述べ、立証として、(中略)と述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
○理 由
秋田県北秋田郡森吉町根森字細越家ノ後九番公簿上宅地百四坪(以下本件土地という)について、昭和三一年六月一一日、その公簿上の所有者亡庄司秀一郎の家督相続人庄司洋一朗の債権者高橋逸郎から秋田地方裁判所大館支部に強制競売の申立がなされ、控訴人がこれを競落し、同年一二月二八日同裁判所の競落許可決定を受け、右競落にもとづき、昭和三二年一月二一日秋田地方法務局阿仁合出張所受付第一二号を以て、控訴人に対し所有権移転登記手続がなされたことは、当事者間に争いがない。
一方、(証拠―省略)を綜合すると、本件土地は、これより先、自作農創設特別措置法にもとづき、昭和二七年三月三一日を買収時期と定めて、現況農地として政府により買収され、次いで昭和二七年四月五日附売渡通知書を以て被控訴人に売渡されたが、未だその登記を経ていないことが明らかである。そして、控訴人は、右買収及び売渡の行政処分には明白且つ重大な瑕疵があるから無効であると主張し、更に又、仮にこれが有効であつたとしても、未だ登記を経ていないから、民法第一七七条により、前記競落について既に登記を経ている控訴人に対抗できないと主張するので、これらの争点について、順次、次のとおり判断する。
(証拠―省略)を綜合すると、本件土地はもと宅地であつたが、昭和六年頃、その地上にあつた建物が取毀されたので、被控訴人は、耕作の目的で、その当時の所有者であつた前記亡庄司秀一郎からこれを賃借し、その承諾のもとにこれを畑とし、その後引続き自から又は他人を雇つてこれを耕作し、所有者に対し小作料を支払つて来たこと、被控訴人は昭和二七年当時においては、本件土地のほか、田約三反歩、畑約五畝歩を耕作し、兼ねて食堂を経営する兼業農家であつたこと及び同年頃被控訴人の申請により前田村農地委員会は本件土地の現地調査をし、これを被控訴人の耕作する小作地と認定した結果、前記のとおり自作農創設特別措置法による買収、売渡の手続が行なわれたが当時右買収、売渡処分に対しては関係人から異議訴願を経て取消変更の訴の提起もなかつたことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
控訴人は、本件土地は単なる「家庭菜園」であつて農地でなく、且つ被控訴人はその売渡を受くべき適格性を有する農家でなかつたから、右買収、売渡処分は無効であると主張するが、右認定の事実関係のもとにおいては、到底これを無効ならしむるに足る外形上明白且つ重大な瑕疵があつたものと認めることはできない。従つて仮りに右買収、売渡処分について処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に取消事由となるような何等かの瑕疵があつたとしても、右土地の買収売渡処分が訴願又は訴によつて取消されたことが認められない本件にあつては、右処分は当然無効でなく有効と解する外はないから被控訴人はこれにより本件土地の所有権を取得したものである。(昭和三四年九月二二日第三小法廷判決、判例集第一三巻第一一号七三頁参照)
次に、控訴人は、被控訴人の右所有権取得は登記を経ていないから、前記競落について既に登記を経ている控訴人に対抗できないと主張する。しかし、もともと、自作農創設特別措置法は、農村社会の民主化という緊急の国家目的を達成するために制定された一種の非常立法であつて、その目的にそう法律状態の国家権力による強制的実現、具体的に言えば地主から小作人に対する農地所有権の強制的移転、を規定したものであつて、この意味において、不動産の単なる経済的効用の国家的利用を目的とする通常の公用徴収とは全くその性格を異にするものである。従つて、同法により強制的に実現された法律状態が、もつぱら平常時の市民法的秩序に奉仕すべき取引安全の原理、たとえば民法第一七七条により覆滅されるような事態は、同法の到底容認し得ないところである。民法第一七七条がその性質上、自作農創設特別措置法にもとづく買収、売渡処分に適用なきことは右に述べたところにより明らかである。原判決の引用する最高裁判所判例(昭和二八年二月一八日大法廷判決)は、控訴人の主張するとおり、本件とはその事実関係を異にするが、その判断の前提としては、右の法理を明らかにしているものであつて、この意味において、原判決は決して右判例の趣旨を誤解するものではない。
又、自作農創設特別措置登記令(昭和二二年三月一三日勅令第七九号)が、同法にもとづく所有権移転登記について特例を設け、被売渡人(通常の場合登記権利者たるべき者)の申請にもとづかず、地方長官の職権による嘱託にもとづき、特別の簡易手続(嘱託書の綴込を以て登記簿の一部と見做す)により登記すべき旨を定めているのは、これにより登記手続の劃一的簡易迅速化を期し、以て非常立法たる同法と一般私法秩序との調和を意図したものであつて、同令により登記手続を行なうべき職責を有する関係官庁の懈怠にもとづき登記手続が遅れている場合に、これにより起ることあるべき不利益を売渡の相手方に負わせることは、同法の趣旨から見て到底許されない。(この場合、民法第一七七条の適用排除により一般第三者が損害を受けたならば、民法第五六一条、第五八八条による担保責任の追求等の方法によりその救済を求むべきである。
以上要するに、被控訴人は、前記買収、売渡処分により本件土地の所有権を取得し、しかもこれを以て登記なくして何人にも対抗し得ると解すべきであつて、右処分後前記洋一朗に対する強制競売により競落に因る所有権取得登記を了した控訴人は右土地の所有権を取得するに由なきものといわねばならない。従つて本件土地を自己の所有であると主張して被控訴人の土地所有権を争つている控訴人に対しその所有権の確認を求め、且つこれと矛盾する控訴人の所有権取得登記の抹消を求める被控訴人の本訴請求は全部正当である。従つてこれを認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 坂本謁夫 裁判官 渡辺均 裁判官 根本隆)